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国際免疫学会議

世界の免疫マニア集会から帰ってきました。

神戸暑すぎ。結局学会会場が一番快適でした。それでも六甲山(涼しい!)から夜景を見ながら食事したり、酷暑の中を和歌山城に登ったり…そこそこ観光を楽しんでましたが。


今回の学会では数千の演題が発表されました。いくつかのカテゴリーには分けられるものの、ほぼ全てが独自のストーリーです。その全てが真実であったと仮定しても、1つたりとも免疫学的な問題を解決するには至らないでしょう。

いろいろな発表を見ていて感じたのは研究の手法は大きくは異ならないということでした。

ノックアウトマウス、トランスジェニックマウスを用いたin vivo系あるいは強制発現系、RNAiを用いたin vitroの系で核酸増幅あるいは抗原抗体反応を用いたアッセイが行われているのがほとんどです。もちろん私達も。

生物は非常に多くの変数を持った巨大な関数のようなものだと考えています。変数にはタンパク質やRNAが該当します。

現段階での私達の研究方法はその非常に多くの変数からごくわずかの変数に着目し、それらの関係を検証しているに過ぎません。高校数学の時と同様に固定する変数と動かす変数があって、ゼロを代入したり著しく大きな値を代入したりという具合に。

それによって劇的な結果が得られることもあります。メンデル遺伝で説明できる疾患などはそれに該当するでしょう。

しかし大多数の疾患は多くの複合要因からなっています。たとえばアレルギーならば細胞分化の異常、免疫寛容機構の異常、サイトカイン分泌の異常、細胞接着の異常などなど…それぞれ尤もらしいですが、全てではありません。

ある現象が別の現象の原因となっていて一元的に説明ができる可能性もありますが現在のところはそうではなさそうです。

非常に多くの変数が同時に動いているのでしょう。そうでなくては生物の動的平衡なんてあり得ないでしょうから。

今のところ私達にはいっぺんに多くの変数を扱う手法はないと思います。あったとしてもボクにも理解できる簡単なものではないでしょう。

この辺に今のやり方の限界を感じます。

それとも細かな式を明らかにしていけば最終的には全体が明らかになるのでしょうか。

研修医時代、東大から来られた先輩は「今の分子生物学は宝探し。東大、京大、理研はこれまでとは全く異なった方法論を模索しなくてならない。」と述べておられました。

かっこいい。

地方の三流大学たるボクは宝探ししながら、頭いい人達に期待するしかありません。

えらそうなこと言いますが、ボクは到底そんなことを言える立場ではないことは付記しておきます。

あー…データ出さないとなぁ…。。。

「世界の国からこんにちは」

とは40年前の大阪万博のフレーズです。

今日より神戸にて第14回国際免疫学会議が開かれます。免疫学を専攻するはしくれとしてワタクシも発表のため神戸に来ております。

オープニングセレモニーに行ってきましたが…

まさに「世界のマニアがこんにちは」

こんなに…数千人の世界の免疫マニアが。。。一堂に!写真か論文の名前でしか見たことない人物がごろごろしています。それ以外も全員ボクの格上と考えて間違いありません。

前回この国際免疫学会議が日本で開かれたのは1983年、ボクが生まれた年です。

大会長の挨拶にあったように当時は関節リウマチがヒト型抗体製剤によって制御されるなんて予想しなかったことでしょう。免疫学がカバーする領域は感染症、自己免疫、アレルギー、そして悪性腫瘍、つまりはほとんどの疾患です。次の27年に何が起こるのか?

ま。せっかくだから観光もして楽しんでこようかと。むしろそっちがメイン?暑くてドコも行きたくないけどねぇ。

すでに東日本との文化の違いに戸惑っています。

エスカレーターでは右側に立っています。右側通行と左ハンドルみたいな違和感です。

南の島へ

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南の島(本州)は暑すぎる、と思ったら実は北海道もそんなに変わらない昨今です。

むしろ最近の札幌の方が不快度は高いかもしれません。

岡山にて行われた日本病理学会カンファレンスに行ってきました。珍しく実験病理の学会です。全国から地方会より少し多いくらいの人が来ていました。。東京以北は我々だけ。

若い人を対象としているようですが、主催の岡山大学以外ではボクが最年少?みたいな印象でした。いいんだろうか。

それでも勉強になりました。

…勉強不足です。

横浜以西に行くのは乗り換えを除いては高校の修学旅行以来11年ぶり。

特に大阪国際空港は18年ぶり。以前、大阪国際空港を利用したときはまだ関西国際空港はありませんでした。今は搭乗時に航空券のバーコードをかざしますが、当時は切り取り式でした。窓から見る大阪の街の中に飛び込んでいくような景色や新大阪駅のバス停の様子は18年前の印象と同じでした。

以外と憶えているもんです。

17年ぶりに岡山城と後楽園にも行ってきました。

北海道生まれ北海道育ち北海道在住のボクにとっては本州や四国、九州の城郭や寺社、それだけではなくあらゆる土地に歴史が染みついている感があるところに一種の憧れを感じます。

ヨーロッパばかり行ってますが、国内旅行も素敵です。

今に残る名所も佳いですが、今は何もなく想像力で、という所も悪くありません。

安土城から見た琵琶湖の眺めとか、

春過ぎて 夏来たるらし 白妙の 衣干したり 天の香具山

の大和三山にも行ってみたい(もっと勉強してから)。

今月は神戸でもう一学会。。。しかし大輪田泊と福原京を想像するのは…厳しいわな。

神が生きていたとすれば…

病棟から少し離れたところに当直室のある病院にいます。

当直室にはCDプレーヤーがあります。

前にいたクラシック好きの先生の仕業です。ちゃんとCD持参を忘れた時用のCDもあります。

当直室の前はリハビリ用のホールになっていて音が響きます。ヴァイオリンが弾けたら練習しているところでした。残念ながらまっったく弾けません。

ただいま誰に憚ることなく大きな音でバッハのロ短調ミサ曲を聴いています。

殺風景な暗いホールに響くミサ曲にはチョット迫力があります。

ヨーロッパの石造りの巨大な教会に響くバッハを聴くと如何に不信心なボクでも神を信じそうになる気がします。

宗教が人々の心の大きな位置を占めていた時代にはもっとバッハは感動的に響いたのでは、と。

ヨーロッパの中世は宗教が人々を縛っていた時代です。

しかし「縛られていた」と考えるのは現代の我々の見方であって、当時の人の多くはそんな意識はなく「守られていた」と言うはずです。

近代になってニーチェが言うように神は死に、カラマーゾフの兄弟の「大審問官」にあるように人間は自由という耐え難い苦痛を与えられました。

そして21世紀の現代。「聖☆おにいさん」を読んで爆笑するボクがいます。神とはまっったく無縁な世界です。あろうことか神に挑戦しているとも疑われる職業だったりもするわけです。それでもこんなに感動的なんですから。

ちなみにこの秋、石造りの教会とは程遠い響きをもつNHKホールでこのロ短調ミサ曲を聴いてくる予定です。

よーく見て、よーく考えて。

今日の失敗をば3例。

①巧くいっていることに気がつかずに捨てる。
理論的には絶対に巧くいっていたはずでした。そして、よーく見たらカラーセレクションできていました。ちゃんと白コロニーと青コロニーがあるではないですか。1週間ほど冷蔵庫に放置して、あきらめてゴミ箱に捨ててから数時間たって救出。めでたくピックアップ。

②水が悪い。
原因不明のトラブル。ふつー起こりえないポイントでのまさかの失敗。本を調べてもネット検索してもそんな例なし。酢酸加えたり、加熱しても無駄。巧くいったときと比べて、よーく考えて。水を換えてみたら巧くいきました。

③共用試薬のコンタミ。
ボクよりもはるかに信頼できる人が作った信頼できる培養液。なんかいつもと違う?よーく見たらバイ菌が。まさかのコンタミでした。

やはり失敗は成功のもと、なのか?

②と③は23時を回ってからの出来事です。

原因が分からなくてイライラしながら眠りにつくことにならず、明日の朝オートクレーブから取り出した培養液が濁っていることに失望せずにすんだわけです。

日々、少しずつでも前に進んでいる実感がなくては。

世界の果てで…

眼前には丘に広がる草原と木々、横たわる牛たち。

振り向くと海。

「海の向こうには何もなくて、端まで行くと水が落ちていく」と言われると信じそうなところでした。

…実際にはすぐそこに国後島が見えたはずですが。。

病理学教室伝統の出張に行って参りました。

ツルハとラルズ、コープもあるので生活には困りません。スーパーに解凍ではないシマエビが売られているのは驚きです。

全体的になんとも大らかな土地でした。

「今日は札幌までお帰りですか?」

「いえー実家が北見なので今日は北見までです」

「あらー私も実家北見なんですよ…ちなみ中学校は?」

「東相内中です」

「同じですね~!」

「じゃあ小学校は?」

「大正小です」

「!?」

(この小中学校の組み合わせはかなり住所が限定されます)

「先生、名前なんでしたっけ?」

「くぼです」

「…同じ並びの家ですね(笑)」

「(名札をみて)あ…!」

半日一緒に働いていたのは小中学校の同級生の姉でした。実家の五軒となりの。会うのは15年ぶりくらいですが、ふつーに知っているはずの人です。お互いまっっったく気がつきませんでした。

「旅の恥はかきすて」という諺はウソです。どこにでも知り合いはいるもんです。

蒸し野菜ダイエット?

前回記事にてmc氏に蒸し料理を勧められた影響でシリコン製の蒸し料理キットみたいのを買いました。見た目は100円で売ってそうな感じなのに3000円くらいしました。

ナス、ズッキーニ、アスパラ、パプリカ、ブロッコリーをザクザクと切ってチンしただけ。市販のバジルソースでいただきました。

美味しいです。ワインが欲しくなる。。。

朝にジップロックへ切った野菜を入れて、ラボでon iceにしておけば昼食にもできそうです。

ちなみに前回一番欲しいと述べたフィスラーの圧力鍋も40%引きにつき買ってしまいました。これでカレーやスープなど料理の幅がグッと拡がります。

しかし。。今日は散財した…。秋のコンサートチケットも買ったしな。

ボーナスなんて当然もらえないのに加えて、税金を払ったら先月の収支は九公一民になってしまったのに。。。

蒸し野菜で節約とダイエットだね。こりゃ。

病理と料理

日本での病理医の認知度は低いです。

さる有名な病理の先生によれば「先生は何科の先生なんですか?」と聞かれ「病理です」と答えると「え、料理の先生ですか??」と返されたこともあったとか。

ワタクシは現在、病理学の世界にいるわけですが…なんとなく料理に近いところが無くもありません。

実験病理で言えば…プロトコール=レシピで少しずつアレンジして行く感じが。片付けながら進めなくてはならないところとか。

もともと料理は好きでした。高校時代は夜食と称してフライドポテトを夜中に作ったり。大学4年まではほぼ毎日自炊し、お弁当まで作ってました。

だから病理にいるのかもしれません。

人体病理も料理に似ているところがありますが…自主規制です。


最近は全然時間が無くて料理ができませんでした。

今日は早く帰ってきたのでグラーシュを作っています。

グラーシュとはオーストリアやハンガリーの郷土料理です。牛肉とパプリカとタマネギとジャガイモでつくるシチューみたいな感じ。

タマネギは刻んで冷凍しておくと飴色に炒めるのがあっという間で済みます。

あ、ジャガイモない。買ってくるか…24時間のスーパーが近所にあるのは便利です。

今、一番欲しいのは圧力鍋です。フィスラーのが欲しいのですが…高いんだよなぁ。。。

抄読会の準備

「北の都」で当直中です。

ライトアップされたでっかい観音様が夜中に窓から見えたら怖いな、と思いましたが…幸か不幸か見えない方向でした。

そして先ほど病棟の窓からなんかでっかいものが降ってきたので、最悪の事態を想像し戦慄しましたが…ゴミでした。

それ以外は何事もなく平和です。

今回は本も読まず、ゲームもせずに抄読会の準備です。

抄読会は論文選びが第一と考えます。

ボクの中での論文の条件は…

・自分の専門に偏らないこと(みんなが面白くないだろうから)
・みんなの専門に合わせない(みんなの知識にかなわないから)
・自分が興味のある話題(でないと読む気がしないから)
・臨床医学と関係する話題(分子生物学者ではないから)
・臨床雑誌ではないこと(臨床医ではないから)
・有名雑誌であること(寄らば大樹の陰だから)
・新しい論文であること(みんなそうだから)

最後の2つは「論文の価値を見抜く力がないから」と言われそうですが。

なかなか厳しい条件ですが、結局はCooney et.al, NOD2 stimulation induces autophagy in dendritic cells influencing bacterial handling and antigen presentation. Nat Med. 2010 Jan;16(1):90-7を選択しました。

オートファジーは流行みたいだし。微妙に自分の専門にも近いし。

細胞内自然免疫レセプターであるNOD2は樹状細胞におけるオートファジーを誘導し、それによりMHC classⅡを介した抗原提示を行う、ってことのようです。クローン病に関係あります。

これまでクローン病のリスク遺伝子変異と判明していたNOD2とATG16L1が1つのストーリーで説明ができるようになりました。

クローン病は研修医時代に受け持ちましたが…思春期の少女を病院に閉じこめて完全エレンタール食でしたから。ホント心が痛みます。

そういえば小児科研修医時代に「アセトアミノフェンへの暴露が喘息のリスクを増大する」という内容のLancetの論文で抄読会に望んだら部長たちにボコボコに反論されました。

普段なら流してしまう疑問点も説明側に立つと疎かにはできません。勉強になります(涙)

ボコボコにされるのは辛いですが、シーンとなるのはもっと辛いので耐えるしかありません。

どうでも良いことほど悩む

今日の夕飯のメニューから職業や結婚相手まで、人生は選択の連続です。

マーク・トウェインは著書「人間とは何か」で人間とは自らの欲望で動く「機械」にすぎないと述べています。つまり人間は欲望に従って選択していくということです。

基本的に真理であると考えます(細かい議論のことは考えてません)。

しかし。これまでの人生では何度か分岐点となる選択肢がありましたが、大事なものほど大した理由もなく選んだ気がします。欲望に従った、という気もしません。直感、なのかヤケクソなのか…マーク・トウェインの説も怪しい気がしてきました。

ところで人生で3つセーブ・データができるとすると何処でセーブするでしょうか。

今までならば多分、大学を決めるときと研修医の時のような気がします。前者では文系に進みたかった自分、後者では内科系に進むつもりでいた自分との分岐点です。

ただ、セーブしてやり直せる人生であれば「必死さ」は生まれてこないでしょう。

さて。最近の選択を迫られていることはドラクエⅤです(つまりどうでも良い生活をしているということです)。

昨晩「炎のリング」と「水のリング」をゲットしました。つまり次は結婚相手の選択です。

スーパーファミコンでプレイしたときから何の疑いもなくビアンカを選んでいました。人道的と言いますか、流れ的にビアンカを選べ!的オーラが出まくっていますし、攻撃魔法をあまり使わないボクにはイオナズンはそれほど魅力的ではないので。

しかし、先日「迷わずフローラ!」と喝破する人物に出会いました。

詳細はココでは述べませんが…ふーむ。一理ある気がします。

迷った。

しかもDSではフローラの姉デボラとかいうドSキャラ(?)みたいのもいます。

こらまた、どんなことになるのか興味深い。

うーむ。

(実にくだらない。。。)

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